【開催レポート】養殖レストランプロジェクト「CRAFT FISH RESTAURANT」vol.02

陸上養殖を「未来の海を守る食の選択肢」としてひらく、リジェネラティブ水産業と共創の実践

気候変動,海洋環境の変化,資源量の減少など,今,水産業を取り巻く環境は大きく変わりつつあります.安定供給と環境配慮の両立を目指す新たな選択肢として注目されているのが,陸上養殖です.一方で,陸上養殖は「新しい生産技術」だけでは,本質が伝わりません.なぜなら,水やエネルギー,未利用資源,研究知,地域産業,人材育成といった多様な要素が関わっており,単体の技術ではなく,環境と経済と社会を接続する仕組みとして捉える必要があるからです.陸上養殖の可能性を,「食べる」という体験を起点に社会へひらく場として企画されました.おいしさの先にある技術や循環の構造を共有し,生産者,研究者,企業,自治体,市民が交差しながら,新しい水産業のかたちを考える.本レポートでは,2日間のイベントで交わされた議論と,そこから見えてきた今後の展望を紹介します.

イベント情報

開催日:2026年2月1日(日)〜2月2日(月)
会場:ケンミン食堂(那覇空港内)
〒901-0142 沖縄県那覇市鏡水150 那覇空港 国際線旅客ターミナルビル3階
参加人数:約50名
主催:農水一体型サステイナブル陸上養殖共創コンソーシアム
共催:琉球大学,SUNDRED株式会社
協賛:株式会社みずほフィナンシャルグループ
後援:内閣府沖縄総合事務局,沖縄科学技術大学院大学
協力:有限会社神谷産業,空港ターミナルサービス株式会社,久米島海洋深層水開発株式会社,宮崎県都農町,株式会社ARK,NTTグリーン&フード株式会社,YKK株式会社

 

なぜ,「CRAFT FISH RESTAURANT」を開催したのか

陸上養殖を,生産技術ではなく「共創のプラットフォーム」として捉え直すために

本プロジェクトは,農水一体型サステイナブル陸上養殖共創コンソーシアムが,科学技術振興機構(JST)の共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)の一環として進めている取り組みです.背景には,水産業をめぐる複合的な社会課題です.天然漁獲への依存だけでは将来の安定供給は難しくなり,環境負荷,地域経済,食の選択肢,人材育成といった複数の観点から,新たな産業モデルが求められています.本イベントでは,陸上養殖を「魚を育てる技術」としてではなく,資源循環型でリジェネラティブ(再生的)な水産業モデルを立ち上げるための起点となりました.

特に重視されたのは,次の3点です.

  • 体験を通じた理解促進
    「食べる」ことを入り口に,養殖魚の品質や背景にある技術を直感的に理解してもらうこと
  • 市場と研究の接続
    大学や研究機関の知見を,実際の市場や事業の文脈につなげること
  • エコシステムの構築
    産官学民が分断されたままではなく,相互に接続しながら持続可能な産業構造を育てていくこと

沖縄は,実装フィールドとして象徴的な場所です.海洋深層水という地域資源を活かした技術基盤があり,大学・研究機関・企業・行政が連携しやすい土壌がある.そして,島嶼という地理的条件ゆえに,資源の循環や持続可能性がより切実に問われる場です.だからこそ沖縄は,陸上養殖の社会実装を考えるうえでの実験場であり,モデル地域となり得ます.

 

「食べる」ことで更新される,養殖魚への認識

初日のプログラムは,主催者挨拶と趣旨説明から始まり,養殖水産物を中心とした料理体験,パネルディスカッション,参加者ピッチ,ネットワーキングです.議論より先に,まず食体験があったことです.提供された料理の中でも,特にミーバイ(ヤイトハタ)の「マース煮」や「あら汁」は高い評価を得ました.参加者アンケートでも,「養殖魚に対するイメージが変わった」「天然に劣るという印象が払拭された」といった声が寄せられています.「おいしかった」という感想にとどまりません.養殖魚の品質が十分に高く,調理や提供の仕方によって魅力がきちんと伝わることが実証されました.これまで養殖に対して,量産品,画一的,天然には及ばない,といった認識を持っていた参加者にとっては,価値観を更新する体験となりました.同時に,料理の背景にある生産技術やストーリーが紹介されたことで,食べる行為が「商品消費」にとどまらず,産業の未来像を知る入口になったことも重要です.おいしさがあるからこそ,背景にある飼料,研究開発,流通,環境配慮といった文脈にも関心が向かうように丁寧に設計しました.

「養殖の新しいかたちを育む島々食がつなぐ循環と共創のモデル

続いて行われたパネルディスカッションでは,4名の登壇者がそれぞれの立場から,陸上養殖をめぐる可能性と課題について議論しました.議論の中で浮かび上がったのは,陸上養殖を成り立たせるためには,単一の技術や単独のプレイヤーではなく,複数の循環と共創の構造が必要であるということでした.

登壇者

  • 中村 博幸
    沖縄県海洋深層水研究所 所長
  • 田井中
    株式会社Insect Technology 共同代表
  • 竹村 明洋
    琉球大学 教授(COI-NEXT プロジェクトリーダー)
  • 留目 真伸
    SUNDRED株式会社 代表取締役

1.資源の循環

海洋深層水や未利用資源を活かし,島内で循環をつくる

中村氏からは,久米島における海洋深層水活用の可能性が紹介されました.海洋深層水は低温で清浄性が高く,成分が安定していることから,ヤイトハタなどの種苗生産に適しています.重要なのは,これを単なる「便利な水」としてではなく,地域固有の資源として活用する視点です.科学的知見に基づき持続的に利用することで,沖縄ならではの高付加価値な養殖モデルが成立します.また,田井中氏は昆虫由来資源を飼料として活用する取り組みを紹介しました.未利用資源をアップサイクルし飼料へ転換することで,島内での資源循環が可視化されます.水と餌の両面から,循環型水産業の可能性が示されました.

2.価値の循環

魚だけでなく,ストーリーやデータも価値として届ける

養殖魚の価値をどう市場に届けるかも重要な論点となりました.従来の「量」と「価格」中心の評価から,生産背景や環境配慮,研究知見といった要素を含めた価値化が求められています.海洋深層水の活用や昆虫飼料,大学との共同研究といった取り組みは,単なる説明ではなく「選ばれる理由」になります.本イベントは,料理だけでなく背景にある技術や思想を共有することで,参加者を「消費者」から「理解し応援する存在」へと変える試みでした.これは販促ではなく,新しい市場を育てるプロセスといえます.

3.知と人の循環

研究・技術・事業をつなぐ「共創型人材」の重要性

竹村氏は,研究成果の社会実装には,分野を横断して共創を進める人材が不可欠であると指摘しました.大学・企業・地域はそれぞれ価値を持っていますが,単独では新産業にはつながりません.それらを接続し,対話を生み出す存在が必要です.「CRAFT FISH RESTAURANT」は,そうした知と人を循環させる場でもありました.異なる立場の人々が同じテーブルを囲み,対話することで,新たな関係性が生まれます.このような場の積み重ねが,共創型人材の育成とネットワーク形成につながっていきます.

参加者ピッチとネットワーキング

当日は,参加者によるピッチトークの時間も設けられ,それぞれの関心領域や取り組みが共有されました.ネットワーキングでは,生産者・企業・自治体・研究者・市民といった多様な立場の参加者が交流し,異業種間の接点が生まれました.アンケートでも,IT,商社,研究機関,自治体など,多様なバックグラウンドの参加者が一堂に会したことへの評価が高く,「新たなビジネスのヒントが得られた」「今後の連携可能性を感じた」といった声が見られました.

 

Day 2:視察ツアー

視察先

  • 沖縄科学技術大学院大学(OIST)Sea neXus
  • 一般社団法人中城村養殖技術研究センター ARK共同研究施設
  • 琉球大学 養殖技術研究センター

初日のレストラン体験と議論を経たうえで,実際の研究・生産・実証の現場を見ることで,参加者は陸上養殖の構造をより立体的に理解することができました.現場視察は,単なる見学ではなく,食卓に届くまでの背後にある技術,設備,人材,検証プロセスを具体的に把握する機会となりました.アンケートでも,今後の企画として「生産現場の見学」「フィールドワーク」「養殖作業体験」といった要望が多く挙がりました.

沖縄科学技術大学院大学(OIST)Sea neXus

一般社団法人中城村養殖技術研究センター ARK共同研究施設

一般社団法人中城村養殖技術研究センター

琉ラボ / 琉球大学 養殖技術研究センター

今後の展開

「未来の海を守る仕組み」として養殖を社会にひらく
オープンな共創プラットフォームへ

「CRAFT FISH RESTAURANT」vol.02は,養殖を食糧生産の手段としてではなく,環境を守り,地域経済を回し,次世代を育てる共創の仕組みとして提示しました.海洋深層水の活用,昆虫由来飼料による循環,大学研究の社会実装,そして多様な参加者による対話が一つの場に重なったことで,陸上養殖の可能性は「技術の紹介」を越え,社会のあり方を問い直す提案として立ち上がっていました.今後は,参加者から寄せられたコストや安定供給といった実務的な課題にも向き合いながら,多様なプレイヤーが関われるオープンな共創の場として,この取り組みを育てていくことが求められます.「CRAFT FISH RESTAURANT」は,養殖魚を届ける場であると同時に,未来の水産業をともに構想する場でもあります.沖縄から始まったこの実践が,持続可能な陸上養殖の新しいモデルとして,今後さらに広がっていくことが期待されます.
「CRAFT FISH RESTAURANT」vol.02は,陸上養殖をめぐる多様なプレイヤーが出会い,理解を深め,次の連携を構想するための場です.今後は,この取り組みを単発イベントで終わらせず,継続的な共創プラットフォームへと発展させていくことが重要です.

参考・用語

・陸上養殖:海ではなく陸上施設で魚を育てる養殖手法。環境制御が可能で,安定供給と環境配慮の両立が期待される。
・リジェネラティブ:環境や社会を維持するだけでなく,再生・回復させながら発展していく考え方。
・共創:企業,大学,自治体,市民などが協働し,新しい価値や産業を生み出すプロセス。
・エコシステム(産業エコシステム):研究・産業・人材・地域などが相互に関係しながら成り立つ仕組み。
・海洋深層水:低温・清浄・成分安定といった特性を持つ海水で,養殖における重要な地域資源。
・未利用資源:これまで十分に活用されてこなかった資源。循環型社会において重要な役割を持つ。
・昆虫由来飼料:昆虫を原料とした飼料。魚粉代替として資源循環と環境負荷低減に貢献する。
・アップサイクル:廃棄物や未利用資源を,より高い価値を持つ資源へと転換すること。