2月12日に開催した「Industry-Up Day 2020 Spring」の全文書き起こし企画。「ハピネスキャピタル産業」のパネルディスカッションです。ハピネスキャピタル産業のミッションは「計測可能なハピネス指標」を共創し「生産性とハピネス度の相互向上」を実現することで、全ての企業行動を「人や社会(コミュニティ)のハピネス最大化」に向かわせることです。
住友
それでは「ハピネスキャピタル産業」のセッションを始めさせていただきます。
本日、ファシリテーターを務めるSUNDREDの住友です。よろしくお願いいたします。
まず冒頭、私からSUNDREDとしての問題意識をお話したいと思います。
ご存知のとおり、今、世界中で所得格差が広がっています。世界中の富の40%を10%の富裕層が独占しているというレポートもありました。
また近い将来、人間の仕事の大半がAIや機械に置き換えられてしまうというシナリオも想定されています。今、多くの人が、人類の将来に対して不安を募らせていると言えるのではないか。人類を幸せにするはずだった技術革新や経済発展が、必ずしもそうはならないという実感が、不安の源になっているのではと思います。
SUNDREDは、人や社会の幸福度=ハピネスを「見える化」することで、この問題を解決できるのではないかと考えています。OECD等の国際機関で幸福度指標が開発されていますが、これらもアンケート等に基づく主観的な指標にと留まっています。客観的かつ定量的に測定できる幸福度指標を開発し、それを基盤とした新たな産業がつくれないかという考え方です。
このテーマを議論するにあたって、3名のパネリストをお招きしました。第一生命経済研究所の丸野孝一さん、日立製作所の矢野和男さん、電通の加々見崇さんです。
ハピネスが世界共通のテーマになっている
丸野
丸野です。
私が社会人になった昭和の時代は「ライフデザイン1.0」、私たちは「単線の人生」と呼んでいますが、多くの人が似通った人生を歩んでいました。平成になると結婚に関する選択や雇用形態などが多様化してきました。
そして今、令和になって働き方が大きく変わろうとしています。選択肢が増えたと言えますが、逆に何を選べばいいのか難しくなってしまった。
また、人生100年時代に入り、これ自体は喜ばしいことですが、寿命だけ伸びても健康寿命が伸びているわけではないし、老後に2000万円の蓄えが必要なんて話も出てきた。いつまで働くのか。いつまで学び続けるのか。人生が伸びても他の制度が古いままで、とても不安になってくる。
このような問題や不安に直面する中で、ハピネスというテーマがクローズアップされてきたと思っています。
第一生命経済研究所では昨年『人生100年時代の「幸せ戦略」』という書籍を出版しました。自分を幸せだと感じる人は、結局のところ「つながり」を持ていることが多い、というのがこの本に書かれていることです。
社会や地域とのつながりが強かったり、ボランティアや文化活動をしている人のほうが病気になるリスクが少ないという研究結果も出ていますね。
矢野
日立の矢野と申します。私は「Happiness Planet」という事業をやっています。
これは「ある人が、周囲の人を幸せにしているか」を定量的に測定し、それをもとに行動改善を促すアプリです。このように、ハピネスの可視化、定量化をテーマにした研究を続けてきました。
じつは先日、バンコクに行きましてハピネスに関する講演とパネルディスカッションをやってきたんですが、このようなテーマでの登壇がこの1年を振り返っても世界各国でありました。ハピネスが、世界共通の普遍的なテーマになっている表れです。
UAEでは5〜6年前に「国の目的は国民の幸せである」と宣言し、ハピネス省、ハピネス大臣もつくっています。あらゆる法律は、ハピネス大臣が同意しないと成立しないのです。イエール大学では、ハピネスに関する講座に全学生の4分の1が殺到した。こういう動きが世界各地で起きています。
住友
今日のカンファレンス全体のなかでも、ハピネス産業のセッションが一番多くの参加者を集めています。
矢野
経済的な成功や豊かさだけではなく、幸せが大きなテーマになっています。
これは個人の問題だけではなく、企業も「その商品は人を幸せにするか」という観点を持たなければならないし、そうではない商品は売れなくなってきています。「幸福資本主義」と言っていますが、経済、産業の仕組み全体をアップデートする時期にきています。
住友
加々見さんが勤める電通では、社員の働き方についてもハピネスという要素を導入していると聞きましたが、いかがですか?
加々見
はい。電通は数年前、社員の働き方について非常に大きな問題を起こしてしまいました。ですので、本当の意味での新しい働き方を定義していく義務があると、私は思っています。
電通では今、社員が前向きにイキイキと生活できているか、働けているかを可視化、指標化する「バイタリティスコア」を開発し、運用しています。
ハピネスは可視化できる
住友
ありがとうございます。
それでは本題に入っていきたいと思いますが、まずはハピネスとは何か、というテーマでお話しいただきたいと思います。丸野さん、いかがでしょうか。
丸野
保険会社で幸せを考えると、まずはお金の話が出てきます。。お金に関する不安がなくなることが大事なんじゃないかと思われるかと思うんですが、それだけではダメなんですね。
たしかにお金や健康というのは重要な要素ではあるんですが、それはあくまで基礎、土台似過ぎない。その上に、自己実現や積極的に生きるというテーマが乗っかって、ハピネスというものがつくられていくのだと考えています。
矢野
これは何千年にもわたって議論されてきたテーマですが、アリストテレスは「人間が最上位に目指す、説明を要しないもの」という言い方をしています。
ハピネスを科学的に考えるときにいちばん大事なのは、「どうやって幸せになるのか」という手段の議論と、「人が幸せになったときに、私たちの体内でどんな変化が起きているのか」という議論を、分けることだと思っています。
私たちが幸せだと感じるとき、人間の体内でどのようなことが起きているか、生理学的に説明します。例えば血管が収縮したり弛緩したりする。あと、内蔵まわりの筋肉が動きます。人間は、こういう身体的なフィードバックを心地よいと感じ、その状態が再現されるように求めるという本能が、そもそもあるんですね。
ですので、逆の視点で言うと、身体反応からその人が幸せかどうかを判定することも可能ということです。おそらく、血液を見るのが一番正確なんですが、毎日血液を測るのは現実的ではないので、私たちは筋肉の動きを見るという方法を採用しています。
加々見
ハピネスを考えるとき、結果だけで考えてはいけないと思っています。それよりも、そこに至るプロセス自体が幸せな状態なのかを見なければいけないのではないか。そのプロセスをちゃんと設計し、改善していくためにも、生理的な現象に基づいて都度都度ウォッチできるというのはいいですね。
矢野
そのへんがまさに、この20年くらいのハピネス研究のポイントになっているところですね。
例えば「皆から評価される」「ボーナスが上がる」というような「結果の幸せ」は、たしかにその瞬間は幸せなんですが、持続せずにすぐにベースラインに戻ってしまうんです。それよりも今日、どういう行動をとると、そこに幸せがあるのかということを考えていくほうが有効なんです。しかもこれは、訓練が、学習によって高められるんですね。
住友
話が徐々に、ハピネスの可視化に移ってきていますが、ここで、今日のもう一つのテーマである「組織」の話もお願いできればと思います。
矢野
組織の幸せというのも、この20年くらいで非常に盛んになっています。経営学と心理学が融合し始めていると言ってもいいかもしれません。
まず、個人の幸せを考えるとき、前向きに行動を起こせるか、挑戦ができるか、という要素が大きく存在します。個人としての生産性、心身の健康とも相関するものです。
一方、私たちは個人としてのみ生きるのではなく、集団で生きています。となると、周囲の人との良い関係が必要になってくる。周囲との信頼関係が築けているかどうか、ということです。心理的安全性とも言いますね。
つまり、個人として前向きかどうかという軸と、所属する集団、組織において心理的安全性が確立されているかどうかという軸。この組み合わせが重要になってくるわけです。これがいい状態になれば、幸せは持続するし、クリエイティブで生産性も上がることになります。
丸野
今、組織において重視されるのがエンゲージメントですよね。企業はこれまで以上に、従業員の働きがいについて真剣に向き合う必要がある。ここにハピネスという要素が入ってきますよね。
これまでだと、幸せという物差しは漠然としていたし、それがどういう効果になるかわからなかったわけですが、可視化され、生産性にもつながるということが理解されれば、経営者としても重視できるようになるのではないでしょうか。
加々見
ポイントが二つあると思っています。主体性と共感です。
幸せを感じるプロセスって、他人から与えられるものではないと思うんです。どう主体的に動いていけるか、が大事だなと。その上で、ともに動くチームが共感を持てるような働き方をどう設計するか。それができれば、チームとして底上げできると思うんです。
ハピネスと生産性の相関関係
住友
企業の健全性や体力を可視化するものとして財務諸表などがあります。生産性、効率を含め、企業の価値はお金で測定されてきました。しかし、生産性とハピネスの相関性が非常に高いとなると、財務諸表に「ハピネス指標」が組み込まれていくような未来もあるのかもしれません。
矢野
私はこの10年くらい、さまざまな職場のハピネスを計測し、生産性との相関関係を可視化してきました。例えばコールセンターや法人営業の現場などでは、非常に強い相関関係が示されています。職場における幸せが設計されていると、受注額が何割という規模で変わってくるんです。
20世紀までの働き方は標準化の歴史だっと思います。マニュアルをつくり、言われたとおりにやりなさい、という形。でもここに、個々人の工夫や創意が入り、それによって働く人が幸せを実感すると、結果も上がってくる。こういう伸びしろが、まだまだいっぱいあると思っています。
住友
ここまでお話しいただいたような世界観を軸に、SUNDREDではハピネスに関する新しい産業をつくっていきたいと考えています。矢野さんがやっている「Happiness Planet」は、そのトリガー事業という位置づけになります。
矢野
ハピネスを測る技術をいろいろ研究してきたわけですが、体の動き、特に加速度でそれが測れるという考えに基づき、スマホの加速度センサーを活用したアプリをつくっています。この1年半くらいの間に、80社4000人を超える方々に、実証に参加いただきました。
住友
単にハピネスを可視化するだけでなく、どうすればその状態を改善できるかということも、このアプリではできるようになっていますよね。
矢野
はい。「こういう行動をするといいかもしれない」というものをメニューの中から選んだり、AIがリコメンドしたりします。少なくとも1日1分でもいいので、どういう行動をするとハピネスにつながるのかということを考えたり選んだりする時間をとることが大切でなんです。
住友
直近のアップデートで、かなり短いスパンの可視化も可能になりました。
矢野
今のバージョンだと10分単位で可能です。
丸野
そのスパンでできるようになると、上司と部下の関係性も変わってくるかもしれません。
啐啄の機という言葉がありますけど、成長したいという部下にとって、どういうタイミングで上司が助言するかというのはとても大事。いいタイミングでつついてあげないとダメなんです。こういう領域にもプラスに働くようになると思います。
幅広い新産業の基盤になる可能性
住友
今日お話ししたハピネスキャピタル産業は、これ自体で完結するものではなく、さまざまな産業が発展、成長していくためのプラットフォームになる可能性も感じます。
矢野
ハピネスが世界共通のテーマになっている時代に、スマホを使えば可視化できる技術が確立されてきました。何十億人という規模のハピネスが可視化できるんです。
先日行ったバンコクのカンファレンスでは、スマートシティというお題でも議論の内容はハピネス一色。人を幸せにする都市とは何か、ということです。このように、さまざまなビジネス領域に展開可能です。
丸野
改めて思ったのですが、ハピネスとは自分が幸せになると同時に、つながっている周囲の人も幸せにすることなんですね。極めて利他的な行為でもある。
私の本業である保険も、表面的には自分の将来に起きるかもしれないトラブルのマイナスを減らすために加入するわけですが、同時に相互扶助という性格もある。ですから保険という商品とハピネスという概念は、非常に近い関係性にある。実際、中国ではそういう発想の保険も出てきています。
加々見
広告の世界では長年、視聴率という物差しが有効だったわけですが、もうそんな時代は終わりました。これからはやはり共感。ハピネスが可視化できることで、共感を通貨のように売り買いできる、そういう新しい可能性を感じています。
住友
SUNDREDでは「Happiness Planet」というアプリをトリガー事業とし、ハピネスキャピタル産業をつくっていきます。幅広い産業の方に参加いただけると思っていますが、勉強会ではありません。具体的なアクションができる方に、ぜひお問い合わせいただきたいと思っています。
本日はありがとうございました。
丸野孝一
株式会社第一生命経済研究所 代表取締役社長
加々見 崇
株式会社電通 トランスフォーメーション・プロヂュース局部長
住友 滋
SUNDRED株式会社 取締役/パートナー