【 Industry-Up Day 2020 Spring 】Interview Vol.3 – インタープレナーセッション特別インタビュー –

2月12日開催「Industry-Up Day 2020 Spring 」の各セッション登壇者へのインタビュー特別企画。第三弾は企業発のイノベーションを促進する一般社団法人Japan Innovation Network代表理事、西口尚宏氏です。イノベーションに関する国際規格「ISO56002 イノベーション・マネジメントシステム」の策定に日本を代表して関わった西口氏、その本質はマネジメントシステムとイノベーション活動を行う人材にあると語ります。

イノベーション活動の本質的課題は万国共通

西山 大変お忙しい中、取材の機会をいただきありがとうございます。本日は2月12日開催「Industry-Up Day 2020 Spring」の特別企画ということで、西口さんがモデレーターをつとめるインタープレナーセッションや「ISO56002 イノベーション・マネジメントシステム」についてお聞きしたいと思っています。

西口 そもそもイノベーション活動は何かについて話ししてもいいでしょうか。イノベーション活動とは、ある現状の状況から別の状況に意図的な変化を起こすこと。その変化が、お客様や社会にとって価値があるものがイノベーションです。変化を起こしてるけれど、価値がない変化もあります。それはイノベーションとは言えません。

民間視点で言うと、誰かが価値を認めて対価を払う、つまり対価を払いたくなるくらいの変化を価値があるとみなします。価値はあるけどお金を払うほどではないものは民間企業ではイノベーション活動として認められないというのが大前提です。個人、法人、政府など、特定の顧客セグメントの誰かが喜んで対価を支払いたくなるような意図的な変化、それがイノベーション活動の本質です。

じゃあそれ、誰がやるんですか?組織ですか?とか言われることが多いですが、詰まるところは人がやることです。Aという現状を見て、今のままじゃダメじゃないかと思い、Bという状況模索することもあれば、「そもそもBという状況であるべきだ」と理想の状況からバックキャストして、その状況に近づけていくアプローチもあります。どちらも意図的な変化であることが大前提です。

変化を起こしてないものはイノベーション活動とは言えません。変化が起こるということは今までやってたことを否定しなきゃいけなかったり、変えなきゃいけなかったりする。今までになかったことを作らなきゃいけないという意味で、組織に緊張感が生まれます。

イノベーション活動では常に組織には緊張感が生まれます。起業家の方は、組織がない状態で仕事を創りだすため、既存の組織で生じる緊張感はほぼありません。しかし、既存の組織の中からイノベーションを起こす場合、緊張の度合いは通常より大きい。

なぜなら、ある一定規模に組織が大きくなると、現状を変えることよりは今までの現状をきちんと回すオペレーション、もしくは日本語で言うと操る業と書いて「操業」にエネルギーが集中するからです。GoogleやAmazonだってそうです。変化はどんどん起こしているのだけれど、目の前の仕事をしっかり回すことでお金を稼いで組織が成立しているので、組織としては目の前のことをしっか実行することに社内のリソースを回すようになる。これは世の常です。

オペレーションをするからキャッシュフローが増える。イノベーション、新しいことを起こそうとすると、既存のオペレーションとの間で緊張感が出てくる。ひょっとしたら今のオペレーション変えなきゃいけない、ガラポンして0から作り直さなきゃいけない状況が起こる。この緊張感こそ既存の組織からイノベーションを起こす際に起こる本質的な課題です。

この課題は日本・アメリカ・中国など国を問わず、必ず起こる状況です。いい悪いじゃなくて、組織とはそういうものなんです。国を問わずに困っている。だから2013年にフランスが発起人で全世界59か国を巻きこんで、既存の組織からイノベーションを起こすためのマネージメントシステムを作っていこうじゃないかという取り組みが始まった。そして、2019年に結論が出て同年7月に発行したものが「ISO56002 イノベーション・マネジメントシステム」です。

世界共通の悩みはイノベーションを既存の組織から、既存のオペレーションが確立している組織から起こすこと。とても難しいけども、何とかしなければいけない。だから試行錯誤してる人たちが集まって考えてできた国際規格がISO56002 イノベーション・マネジメントシステムです。

イノベーション人材の真価をマネジメントシステムで引き出す

西山 既存組織ではオペレーションとイノベーション活動の間で緊張感が生まれてしまうと言われていましたが、この緊張感を緩和するシステムがイノベーション・マネジメントシステムなのでしょうか?

西口 一般的に、イノベーション活動には試行錯誤のプロセスが不可欠です。この試行錯誤の成功確率を既存の組織の中で上げる方法論をマネジメントシステムの観点からまとめたものが、ISO56002 イノベーション・マネジメントシステムだと私は言っています。

西山 私がISO56002 イノベーション・マネジメントシステムを読んで感じたことは、探索、つまりその個人の自思いや内発的動機に基づいて、組織の目的と折り合いをつけながら試行錯誤をすることを是とすることが本質なのではないか?と感じました。既存組織で試行錯誤のプロセスが導入されていない、導入されているとしてもうまくいっていないことにはどのような理由があるとお考えでしょうか?

西口 当然、試行錯誤ですから成功確率は低いわけです。成功確率が低いものを成功確率が高いオペレーションやってる人が見ると、なぜ成功確率の低いものにリソースを割かなきゃいけないんだと思うことはよくある話です。ただ、個人の思いがあったからといってそれだけで組織が変わるかというとそうではなく、組織を変えるには大変な労力がかかるわけです。

そこに、マネジメントのシステムがあると機会の特定からソリューションの導入までの、いわゆるイノベーション活動の一連の流れをいかに効率良くするかについて誰もが考えることができます。

西山 ありがとうございます。改めてISO56002イノベーション・マネジメントシステムについてお聞きしてもよいでしょうか?

西口 ISO56002 イノベーション・マネジメントシステムはいくつかのモジュールに分かれています。組織が置かれている独特な状況に基づいて機会に関わる意図を持つこと。そして、その意図に基づいてイノベーション活動が行われることによって、価値が世の中に生まれるという考え方を基本的に持っています。そのためには組織の意図を決める経営陣たちの存在は圧倒的に重要で、彼らのコミットメントやイノベーション戦略を持つことが必要です。

次に、イノベーション活動がある。これには五段階あります。「機会の特定」からビジネスモデルを含む「コンセプトの創造」とその「検証」。良い検証ができたら「ソリューションの開発」に入り、それを導入する。これを行ったり来たり試行錯誤して実行することが今回のイノベーション・マネジメントシステムの特徴です。

さらに、それを支える「支援体制の構築」があり、これらの要素がシステムとしてつながっていると考えています。かつ全体のシステムは一定のプランに基づいて、試行錯誤を繰り返しながら成熟を続けていきます。

よく社内規程文書を作ったりするということがISOだよね?と勘違いしてる人がいるんですけど、そうじゃなくて経営陣を交えてイノベーションを生み出すための活動計画として、最低限これだけできてないとヤバイですよっていう基準がISO56002なんです。

だから、私はいわゆるつまみ食いはやめてくださいと言っています。イノベーション・マネジメントシステムのここの部分だけやって、これはやらないっていうのは駄目です。システムとして不完全になるので、成功確率が下がります。成功確率下がると経営陣から見るとその活動の質が低いと判断される。そこで、全体をシステムとしてつなげることで、経営陣にとって意味のある活動にする必要性がある。だからイノベーション・マネジメントシステムの要素を部分的に導入するのではなく、システム全体として導入する必要があります。

西山 今回の2月12日の「Industry-Up Day 2020 Spring」では、新産業共創スタジオが提唱している「インタープレナー」についてディスカッションするセッションがあります。当セッションのモデレータとして西口さんがインタープレナーセッションに期待されていることはありますでしょうか?

西口  ISOのイノベーション・マネジメントシステムの中で非常に重要な要素があって、その一つが企業文化。もう一つは実は人材の質なんです。さっき申し上げた通り、ISOというと文書規定を作るとか、手続き論だと狭く捉える人がいるのですが、今回のマネジメントシステムはそうではなくて、人の質も重要な構成要素の一つなんです。

「インタープレナー」というのは、頼まれもしないのに自分の意志で、時として従来の組織の壁を乗り越えながら、質問しまくったりコンセプトを作りまくったり仮説検証しまくったりする人たちのこと。なので、イノベーション・マネージメントシステムの中では人は絶対的に必要な要素なんです。

アクセラレーションプログラムやスタートアップのピッチコンテストなどの仕組みはたくさんありますが、そこにはインタープレナーという最も必要なシステムの構成要素が欠けている、もしくは彼らの存在を重要視している仕組みは極めて少数派だと思っています。彼らがいないイノベーション活動は例外なくうまくいってないと思います。

前職の産業革新機構の時代を含めて丸10年ひたすらこのテーマを追いかけていて感じるのが、最後に勝負を決めるのは人材の質ですね。これはイノベーション活動に限らず、ほぼ全ての企業活動・事業活動の本質だと思います。ただ、インタープレナーだけいても、彼らがシステムの構成要素だとすると、他のシステムの要素がそろってないとインタープレナーの真価が発揮できません。

インタープレナーが真価を発揮するためには、経営陣のリーダーシップやコミットメントあるいは支援体制の構築、そもそも何を会社として組織として狙っていくのかという意図の存在がすごく重要なポイントとなります。

今回は、イノベーション活動のにおいて重要な構成要素であるインタープレナーたちが5人揃っています。彼らが自分の会社のマネジメントシステムをどういう風に感じているのか?ここが当社は強いです、ここは弱いです、ここはもっと強化の余地がありますといった意見が色々あると思っています。そんなことをディスカッションできればと考えています。

インタープレナーはマネジメントしてもらうのが極めて重要な構成要素であるっていうことをお伝えしたいですね。だけど、インタープレナーだけでは実は既存組織からはやっぱりものは動かない。もし動いたとしても、そのインタープレナーが辞めちゃったらそれで新規事業が終わり、といったケースは枚挙に暇がありません。再現性はないし、持続性もない。これは会社の経営としてはよろしくないと考えています。

イノベーション人材の「ポートフォリオ」を持とう

西山 インタープレナーは教育で育成できるものでしょうか?それか、偶発的に存在するインタープレナーを集めてイノベーション活動にアサインするのか、それとも外部からヘッドハンティングという形で迎えるのか?全ての手法を取りうるべきと思いますが、西口さんとしてはどこに注目されていますか?

西口 最近亡くなったハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が、『イノベーターのDNA』という本を出版しており、イノベーションを起こしてきた人材の特性が理論的に定義されています。現状に異議を唱える、質問をしまくる、観察する、ネットワーク力など様々な力が紹介されています。その能力は育てられるのか、育てられないか。私は育てられると思います。

水泳に例えると、小学校の水泳教室で25m泳げない人もいれば、簡単にマスターして25mどころか、2km泳ぐ子もいる。北島康介のようにオリンピックに出る子もいる、といったように色々なパターンがあります。

水泳教室に行ったら全員北島康介になりますか?と言われるとそうではない。けれど「水泳ができる人が増えますか?」と言われると、増えると答えられます。剣道、柔道、テニスでもなんでも同じです。育てられるかどうか?と言う質問は申し訳ないですが間違いで、インタープレナーの要素を持った母集団を増やすことができますか?と言われば、それは間違いなくできるはずだと思っています。

その中に突出した人材もいれば、そこそこ向いてる人もいると色々なパターンが出てくると思います。これはすべての職業において起こることです。しかし、インタープレナーやイノベーター的な人がいた方が良い!という意図がないと母集団は形成されません。よくある密造酒伝説的に、社内に変わった奴がいたら活用しようという戦略は間違いです。変わったやつを大量に抱えつつ、その中でとてつもなく活躍する人もいればそうでない人もいるだろうという人材ポートフォリオの考え方が必要です。

今までの仕事の大半がなくなるかもしれない。やり方を変えなくてもいけない。特にデジタル化の流れで、今までと違うことを組織全体でやらなくてはいけない。そのような状況で今まで通りのことしかやれない人しか組織内にいないとその組織の未来はないですよね。その会社の経営陣は覚悟を持って人材のポートフォリオをアップデートをしたいのか。それともしたくないのか、ということなのではないかと思っています。

西山 人材の質という観点がとても重要だということがわかりました。一方で、イノベーション・マネジメントシステムを導入していこうと推進する人材の育成も重要だと思うのですが、今後JINとしてはそのようなことを実施していこうと考えられているのでしょうか?

西口 既にそのような職業が生まれ始めています。イノベーション・マネジメントプロフェッショナルという職業ですね。それは特に欧州を中心に生まれつつあり、私自身も東洋人で初めてスウェーデンの国立科学研究所から認定を受けています。JINとしては今後日本で育成できる機会を作り、この分野で輝く人を作っていきたいと思っています。スウェーデンのクライテリアは非常に厳密なので、カスタマイズしたジョイントのプログラムを国内でローンチ予定です。

西山 最後に参加者の方に向けてメッセージをお願いします。

西口 自分の会社からイノベーションを生み出していきたい人の必見のセッションになると思っています。また、自分もインタープレナーだなという人、そしてインタープレナーになりたいという人も必見のセッションになるかと思います。もがいてる人、自分はやってるという人、自分もなりたいという人はぜひご参加ください。後悔はさせません。

西口尚宏
一般社団法人Japan Innovation Network 代表理事
一般社団法人日本防災プラットフォーム 代表理事
パーソルホールディングス株式会社 社外取締役
国連開発計画(UNDP)イノベーション担当上級顧問
上智大学 特任教授
スウェーデン国立研究所(RISE)認定イノベーション・マネジメント・プロフェッショナル

上智大学経済学部卒、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院卒(MBA)。日本長期信用銀行、世界銀行グループ人事局(ワシントンDC)、マーサー社(ワールドワイドパートナー)、産業革新機構 執行役員等を経て現職。大企業からイノベーションは興らないという定説を覆す活動に注力。イノベーション経営を推進する経営者のコミュニティ「イノベーション100委員会」を経産省や株式会社WiLと共同運営するなど経営者の役割の重要性と具体的な企業内アクセラレーションプログラムの運営に焦点を当てる。オープン・イノベーション活動としてSDGs(持続可能な開発目標)をイノベーションの機会として捉える「SHIP(SDGs Holistic Innovation Platform)」をUNDP(国連開発計画)と共同運営。
ISO56000シリーズ策定にISO TC279に日本代表として参加。

主な著書:『イノベーターになる:人と組織を「革新者」にする方法』(日本経済新聞出版社、2018年)

取材・編集
西山和馬
SUNDRED株式会社 ディレクター