「あなたは何者ですか?」
会社名でも、部署名でも、職種でもなくそう問われたとき、私たちは何と答えるだろう。
社会課題が複雑につながり、企業、大学、地域、行政だけでは解決できない問題が増えるなか、境界を越えて人や知識をつなぐインタープレナーの役割が注目されている。とりわけ、自然の損失を止め、回復へ転じるネイチャーポジティブは、一つの組織や専門だけでは成立しない。ネイチャーポジティブを新しい社会や産業へつなぐには、異なる世界を行き来するインタープレナーが必要であり、その出発点には「自分は何を放っておけないのか」という個人的な問いがある。
2026年8月24日に東北大学で開催された「越境する問いが、未来をひらく」は、インタープレナー、ネイチャーポジティブ、越境人材、マイパーパス、新産業創出を、キャリア論ではなく「自分はどんな未来を望むのか」という生き方の問題として捉え直す場となった。

・上村 遥子氏:SUNDRED株式会社 EVP、CIEO(Chief Interpreneur Engagement Officer)兼チーフエバンジェリスト/株式会社天地人 コミュニティデザイン
・木津 裕人氏:東北大学大学院理学研究科博士前期課程2年/一般社団法人EKKYO.HUB 理事
・小田切 裕倫氏:東北大学 ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点 運営統括・ビジョナライザー

ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点が描くのは、人間の経済活動と自然環境を対立させるのではなく、人と自然が育み合いながら発展する社会だ。
その実現には、自然を利用し続けるだけの社会から、自然そのものを再生するリジェネラティブな社会への転換が必要になる。
しかし、生物多様性、自然資本、衛星データ、地域経済、新産業、研究開発といった要素は、並べただけではつながらない。
自然界で花と花をつなぎ、受粉を媒介する存在がいるように、社会にも異なる組織、技術、人、価値観の間を行き来する「媒介者」が必要だ。
それが今回のイベントで語られたインタープレナー=越境共創人材だった。

上村氏の話で印象的だったのは、完成された「社会課題解決人材」の物語ではなかったことだ。登壇資料には、はっきりとこう記されている。
「最初から 社会起点に燃えてたわけではない」。
かつて六本木で遊び、デジタルマーケティングや人材業界で働いた。転機となったのは、DMM.make AKIBAで起業家たちに出会い、多様な価値観に触れたことだった。
92歳になってもものづくりに情熱を注ぐ人、不登校を経験したホワイトハッカー、医師でありながら起業する人。資金も人脈も十分ではないところから、それでも何かを変えようとする人々を目の当たりにした。
30歳を迎えた頃、上村氏の内側に一つの変化が起きる。
「組織のため」だけではなく、「社会のため」にもっと役立ちたい。
その後、上村氏は2020年を転機に会社員を辞め、パラレルキャリアへ移行した。現在はSUNDRED株式会社、宇宙ベンチャー、地域での活動など複数の場を行き来し、人、技術、地域、社会課題を「つなぐ」役割を担っている。
そこで示されたインタープレナーの考え方はシンプルだ。
「会社の中の私」ではなく、「社会の中の私」として生きる。
職種や所属は目的ではない。それらは、自分が実現したい未来のために使う「道具」になり得る。

越える境界は会社だけではない。
上村氏は、所属の境界、専門の境界、そして自分自身が勝手に設定していた境界を挙げた。
当日の対話でも、「知らないことが多すぎるのに、このまま人生を終えていいのか」「外の世界を知ってしまうと、元には戻れない」といった経験が語られた。
越境の始まりは、必ずしも壮大な志ではない。
好奇心。面白さ。怒り。違和感。
そこに、まだ言葉になっていないマイパーパスの種がある。

木津 裕人氏からは、宇宙、ベンチャーキャピタル、地域でのフィールドワーク、生命起源研究という自身の越境経験を起点に、都市と地方の違いが語られた。
都市では高度な分業によって巨大なシステムが機能する一方、自分がその全体のどこにいるのかは見えにくくなる。地方では一人が担う領域が広く、人や資源の関係を含めた「全体性」が見えやすい。
越境とは、別の業界へ移ることだけではない。
今いる場所では見えなくなっている構造を、別の場所から眺め直すことでもある。
議論は、自然資本とテクノロジーにも広がった。
上村氏が関わる株式会社天地人では、衛星データなどを活用し、地球規模の社会課題の解決を目指している。森林、水、生態系などの自然資本は、これまで経済の外側に置かれがちだった。しかし、衛星、ドローン、センシング、AIなどによって自然の変化を可視化できれば、感覚的にしか語れなかった価値と、企業や行政の意思決定をつなげられる可能性がある。
これは、自然を新たに「消費するもの」にするためではない。
人間と自然の関係そのものをつくり直すための可視化である。

イベント後半では、参加者が「いま、自分が越えたい境界は何か」を持ち寄った。
研究と社会。企業と地域。都市と自然。学生と実践者。好きなことと仕事。
参加者がそれぞれの「境界」を口にすると、同じ部屋にいながら一人ひとりがまったく違う地点に立っていることが見えてきた。
その場で明確な答えが出たわけではない。
むしろ残ったのは、いくつもの「もやもや」だった。
しかし小田切氏が語ったように、社会は一夜で別の色に塗り替わるものではない。問いを持ち帰り、それが誰かとの対話や偶然の出会いによって少しずつ発酵していく。その蓄積そのものが、越境できる社会の「土壌」になる。
元高校教員の参加者からは、約20年間同じ仕事を続けるなかで、この先も同じ時間が続くことを想像した際に生まれた強い違和感が、外へ出るきっかけになったという経験が共有された。
また、組織のなかで「人やテーマをつなぐ仕事」と「実務を担う仕事」の間で葛藤しているという声もあった。
上村氏が示したのは、全員が同じ能力を身につける必要はないという考え方だ。RPGに勇者、魔法使い、回復役がいるように、「つなぐのが好きな人」「実務が好きな人」がいる。その違いを生かしてチームをつくることも、共創の条件になる。
ネイチャーポジティブは、一つの企業が単独で完成させる産業ではない。
自然科学、地域、企業、行政、金融、テクノロジー、スタートアップ、そして生活者が関係し合うエコシステムそのものである。
だからこそ、それぞれの要素を「そのまま並べる」のではなく、関係性を編み直す媒介者が必要になる。
上村氏は資料の終盤で、自身のありたい姿をこう表現した。
「私は蜂になりたい(媒介者)」。
花と花の間を飛び、異なる生命をつなぎ、結果として森全体の循環を支える蜂。
企業と大学、宇宙と地球、都市と地域、技術と社会、そして人と自然。
インタープレナーとは、その間を飛び回る「社会の媒介者」と言い換えることができるのかもしれない。

このイベントを一つの問いに集約するとすれば
「私は何を放っておけないか」。
違和感がある。なぜか腹が立つ。
反対に、理由を説明できないほど好きだ。
そこには、まだ「キャリア」と呼ばれていない、自分と社会との接点がある。
マイパーパスとは、立派なミッションステートメントをつくることから始まるのではない。自分が気づいてしまったものから目をそらさず、その感情を誰かと共有し、小さく動いてみることから始まる。
登壇資料の最後には、こんな言葉が置かれていた。
「インタープレナーになる、ではなく、“気づいてしまう”ことから始まる」。
そしてその一つ前には、
「正しいよりも、私は『こんな未来にしたい』を大切に」。
正解を当てるのではなく、望む未来を言葉にする。
境界を越える最初の一歩は、案外そこにある。